Killing Time 2nd

備忘録、日々の徒然想いを残します。

告知、日本対韓国

25日は亜細亜杯の準決勝、日本対韓国。
しかしその前に父の病院に行き、主治医に状況を聞きに行った。
結果は限りなく肺がんとの診断だった。細胞検査で確定的な判定は出ていないということだが高熱の症状はがんから来るものとの所見。ステージは転移は見られないということで3。抗がん剤はタキソテールでこりごりということで放射線治療を提案された。
主治医は辛かったらいつでも中止して良いですよと声をかけてくれていた。父がどう判断するか微妙だった。父に治療を続ける意思があるか、残っているのか。ここ数年は弱気な発言が多かったからだ。
しかし、父は放射線治療を選択した。意外にもはっきりとした口調で答えた。僕も母もそれは意外だったに違いない。この先の辛さを思いながら嬉しくも感じた。
病室を出て、帰りに母と蕎麦屋で夕食をとる。繁盛しているはずの蕎麦屋は先客ひと組でがらんと静か。道路も対向車は殆どないような状態。なにか海の底を走っているようだった。
母には病院にはあまり根を詰めて行かないように話した。皆、家族で分担していこうと。
その後の代表戦。
沈んだ気持ちでテレビ観戦。サッカーからまた少し勇気をもらった。
ありがとう。

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