Killing Time 2nd

備忘録、日々の徒然想いを残します。

娘たちに

昨晩お嬢二人を食卓に呼んだ。それぞれ高校、中学の3年生になる。ダブル受験である。
昨今の不安定な経済情勢の中、なんとかかんとか4月以降も今の仕事を続けられることを報告し、それぞれ4月、いや今後の過ごし方について話した。いろいろな考え方はあろうが女性である彼女たちこそ教育をしっかりと受けるべきだと、そしてそのためにぼくと妻はそれを支援していくこと、悔いのないように残りの10ヶ月を過ごそうと話した。下のお嬢には本人の意志とは違った学習塾に通わせるよう手続きをしたばかり。嫌な気持ちも抱いていたに違いない。
ぼくら親の務めは子供たちが独り立ちできるようにすることだと考えている。具体的にいえばいつかはぼくも妻も死んでいなくなってしまう。そのとき一人ひとりが生きる術を身に着けておくことが大切だと考える。残念ながら我が家には彼女らに残すべき財産、家はない。少なくとも借金は残すまいと思うもののそれ以外で彼女らに残せるものは教育しかないと思っている。無論彼女らの人格、優しいまじめな性格は何事にも変えがたい宝物だと思うがそれだけでは生きていけるかと思うと心許ない。そのためには女性にこそ教育しかないと考えている。だからこそいま苦しいときこそ頑張っていかなくてはならないのだ、と。教育があれば万事OKか、とか情けや人間関係のほうが大切だという意見にも反対はしない。しかしこの先の見えない世の中で少しでも確かなものは教育しかないのではないか。人の道を切り開く手立てなのではないかと思う。
思えば自分たちは贅沢をしてきた。大学受験では敢えて浪人したりもした。今思えば非常に親に迷惑をかけたと思う。そんな自分が子供たち、娘たちに厳しく言う権利があるのかとも思うことがある。しかし彼女たちに何を残せるのか伝えられるのかを考えたとき、やはり現実世界のなかで自分が経験したこと(残念ながら成功体験はあまりなく、失敗体験、後悔したことばかりになる)を伝えるしないと考える。
特に下のお嬢は厳しい環境に置かれる。慣れない学習塾に戸惑い怯えてもいる。いままでサボっていた付けともいえるが新しい環境に放り込まれる不安はいかばかりかと思うとぼくも苦しい。いままでは個人授業の塾に行っていた。教職を退職された年配の女性である。彼女自身は気に入っていたが、いかんせん結果が出なかった。もし彼女にとってその先生と一緒にいる時間が少しでも彼女に安心感を与えてくれるなら週に一日一時間でも通うことは検討したい。苦しい台所事情ではあるけれどぼくの小遣いを減らしてでも、と伝えた。一週間後に結論を出すように伝えた。
ぼくと妻は必ずしも有名校、偏差値の高い学校に行けといっているわけではない。少なくとも授業がしっかりと受けられる学校に、多くの人が大学進学を目指す学校に行ってほしいと思っている。特に公立、県立高校では二極化が進んでいる。昨年神奈川県のある学校で入試選考の際に学力だけではなく服装、身だしなみをこっそり評価して合否判定に反映させていた『問題』があった。当時の校長らが今年処分された。判定基準が学力だけではなかったこと、こっそりと行われていたことに問題はあろうが、現実その学校の置かれた状況を知るものにとってはさもありなん、なのである。その高校はいわゆる底辺校だった。それまで実際問題学力選考とはいえ定員を満たすためどこまでも判定基準下げざるを得ない状況にあった。入試問題の得点が余り意味を持たない状況だったのだ。また一方服装の乱れは入学後に一層激しくなることが多く周りの評判は酷いものだった。その後先に述べた服装判定が行われてからは少なくとも、入学後も服装の乱れは治まったようにみえた。無論見た目さえ良ければ中身は良いのかという議論もあろうが現実問題、特に底辺校においては相関があるよう
に思えてならない。
学校は一概に偏差値、序列が一緒だからといって同じではない。それぞれに校風というか学校の雰囲気がある。上のお嬢が高校受験のときは色々周って説明を聞いた上で最終的に話し合って決めた。彼女たちには出来れば自分でそれを選択できるようになって欲しいと願っている。