Killing Time 2nd

備忘録、日々の徒然想いを残します。

伯母が無事到着、そしてバーに寄る

201358

定時退社。急ぎ自宅最寄り駅に向かう。

この日千葉から伯母が母を訪ねに来てくれることになっていた。伯父は留守番と云うことでひとりでである。伯母は元気で矍鑠としており呆けなど微塵も感じない。

ちゃんと母が駅まで伯母を迎えに行き、帰って来られるか心配だった。朝には故意なのか不明だが携帯電話に間違い電話が入っていて慌てて掛け直すと御免ね、御免ねと謝られた。

手ぶらで行くのもなんでしょうと云うことで嫁さんが手土産をと入れ知恵をしてくれた。駅ビルにて手土産を探す。母の日が近い事もあり、それ用の贈答品が並ぶ。手土産は重くないものと思ったので、小ぶりのさくらんぼのゼリーの詰合せを購入。自転車で急ぎ実家に向かう。

実家では母と伯母が丁度食事をしているとことだった。しかし玄関から庭を覘くとなんと物干し台に布団や毛布がかかっていた。午後8時前だと云うのに。慌てて母にそのことを言い部屋の中に運ぶ。すっかり冷えてしまった布団を布団乾燥機で暖めることにした。しかし今度は布団乾燥機の中に空気を包み込む化繊の袋が無い。これを探し出すのに周りを掘り出す始末。しかしなんとか見つかり乾燥機は使うことが出来た。布団は伯母を駅まで迎えに行く前に干しに出して、帰ってきてもすっかり忘れていたらしい。二つのことをすると一つは忘れてしまうのである。やれやれである。


伯母とは伯父のこと、従兄弟のこと、一昨年父が亡くなった時のこと等を話す。従弟は結婚をしないようであること、近々転職も考えていること、伯父は以前より山に行くことが減ったことを聞く。

手土産は母からも和風のハンカチやお財布など小物をプレゼントしたようだ。ぼくからもさくらんぼのゼリーを渡し喜んでもらえたように思う。

9時近くになり、話しも盛り上がって来たようなので訪問への感謝の気持ちを伝え実家を後にした。

この日は母の言葉はいつになく明瞭に聞こえたように思う。やはり人と会話することは非常に重要なのだと改めて思う。

自宅に戻る前、恒例になっているバーに寄り一杯だけラムを飲む。先月の大船渡弾丸ツアーのこと、その際に宅配便で送った帆立貝の味などとこの日の母のことを話し帰宅。気持ちがある程度落ち着いたように思う。