Killing Time 2nd

備忘録、日々の徒然想いを残します。

月曜日

朝から予兆はあったが遂にどっと雨が降り出す。
あさイチの眠気覚ましに海岸まで歩く。顔を洗い、ダイニングテーブルに座っても眠気は一向に冷めないのだった。
家を出るときは肌寒さも感じたが海に行くと気温が高くびっくり。アイスコーヒーと朝食代わりのドーナッツを食べて帰宅。
洗濯物を外に干していたら、この雨で慌てて取り込む。予報よりも早く本降りとなる。

母の見舞い

土曜日。
嫁さんは仕事の疲れが残っているように見えたので、自分一人で母の病院に行く。曇り空が厚く垂れ籠めた空の元、自転車で駅前の病院。そこから関連の病院まで送迎バスが出ているので、それに乗っていく。
土曜日の病棟は患者さんが多く病室から待合スペースに出てきていて落ち着きがなさそうな雰囲気。母はベットで膝を立てて寝ていた。
空きっぱなしの病室のドアをノックし、右手を挙げながら入る。母は眠ってはいない。軽くハイタッチのように掌を合わせて声をかける。この時点で母の状態が大体わかる。
この日は母の誕生日だった。本人は当然覚えていない。ホワイトボードに書かれた日付を指さし、聞いてみたが思い当たるような気配はなかった。耳元で
母さんの誕生日だよ。おめでとう。
そう言うと、
そうねそうね。
と当然覚えていたように頷く。
手を引いていつもの桜の樹の前のテーブルに移動する。この日は家を出る際に慌てていて母へのおやつを忘れていた。中々話を繋ぐのが難しく、同じ話を繰り返すこと数回、母を抱きしめて誕生日おめでとうと言って帰ることにした。

帰り際、病室のサイドデスクから色鉛筆、ノートが無くなっているのに気が付いた。看護師さんにその事を伝えてもしどこかで目にしたら教えてほしいと伝えておいた。


日曜日。
特に今日は母は情緒不安定で会って直ぐに泣き出されてしまった。自分が母を迎えに来て其処から出られるものだと思っていたそうだ。子供のように泣きじゃくり僕の手を払い除ける母。今日はおやつにとブドウのゼリーを持ち込んでいたので、それで病室から誘い出す。
いつもの桜の樹の前のテーブルでゼリーを食べて貰う。あれ程に泣きじゃくっていたのにゼリーを口にして落ち着いてきた模様。食べ終わる頃には笑顔も出てきた。食事って大切。気持ちを旨く切り替えられたようだ。昨日お願いをした看護師さんが帰り際声をかけてくれた。お礼と少々不安定な母の事を頼む。

肌寒い朝

昨日に引き続き6時半起床。

新聞を取りにポストまで外に出ると肌寒い。

ジョギング再始動

6時半目が覚める。起床は7時なので少し早い。お嬢が6時半前に家を出るのでその物音で目が覚めた。

天候はどんよりと曇り、小雨がぱらつく。

朝の散歩は諦める。

午前中天気の様子を見ていたが、洗濯物を外に干すほど晴れそうにない。昼ひと時日差しも射したが弱弱しいもので部屋干しとなった。

15時過ぎジョギングをすることにした。ここ2か月ジョギングで折り返し地点まで走れないで、途中からウォーキングになってしまうことがずっと続いていたのだった。26日もいいところまで走ったが折り返し地点手前で減速、歩いてしまった。まぁ、暑いのだし仕方ないということにして衰えとは考えないようにしていた。

この日は江の島まで。5㎞辺りで苦しくなったが歩くことなく最後まで走り切れた。蒸してはいたが気温は低くなってきたので走れたのかもしれない。

初日

起床してそのまま行動をする練習の初日。

強烈な陽射しの中予定通り作業終了。いつも通り7時起床して朝食を摂る。朝刊を取りに出て、一面だけざっと目を通す。嫁さんを送り出す。布団を干して天気予報を確認。暫くは天気は良さそうなのでそのままにして、9時頃家を出て市役所へ向かう。はじめは歩いて行こうかとも思ったがすでに陽射しが強く自転車に乗っていった。

9時過ぎの窓口は待ち人なし。直ぐに窓口に呼ばれる。事前に、26日にも窓口に来て必要書類を聞いておいたのでスムーズに手続きが進む。サクサクと用意した提出書類、診断書、保険証と申請書等々を書いて提出する。

初日から残暑というには余りに暑い陽射し。然し今日は怠さを感じることなく出来たのは良かった。それにしてもこの寒暖差は厳しいな。

見舞い 6/25

昨晩から降る雨は早々に上がり、雲の切れ目から陽射しも射し出した。

先週の見舞いで母が食事を拒否することが度々続いていることを思い出し、昼食前に見舞いに行くことした。午前中には行きたく支度をすると嫁さんも行くという。自分が見舞いに行くのが心配なのかもしれない。

午前中10時中に家を出たが道は混んでいてなかなか進まない。病院の昼食は12時半からなので時間の余裕はあったが落ち使い無い。見舞いの帰りには義父宅によって調子の悪いPCの面倒を見ることにもなっていたのでそのことも気になっていた。

12時前に病院着、受付で面会票を書いてエレベータに乗るときに12時を回っていた。

見舞い 6/27

病院の受付に書類を提出するため、短時間のつもりでバスで母の病院に行く。

はじめは受付に行ってそのまま帰ろうかとも思ったのだが、バスの時間まで時間が40分も空いていたのでそのまま病棟まで行って見舞いをする。

ナースステーションで看護師さんから母の状態を聞く。食事は、相変わらずなかなか一回呼んだだけでは食卓まで出て来てくれないそうだ。が時間をおいて声をかけて食事はするようだ。只機嫌が悪い時もまだあり、食事を半分しかとらない時もあるそう。今朝、風呂に入ってくれたようだ。これは良かった。2、3週ぶりだろうか。後に母に聞くと風呂には入っていないと言っていたが。

母は病床の天井を見ながら何かを言っているようだった。しかし音は聞こえない。カーテンの隙間からこんにちはと声をかけたが、こちらのことがわからないようだった。ベッドの脇に立ち手を握ってこんにちはというと理解してくれたようだ。しかし自分が息子であるとまでは分からないようだ。母の口から固有名詞はすっかり消えてしまった。

唐突に開口一番母は“泣いてばかりいてごめんなさい”という。今泣いていたというのだ。泪は見当たらない。いつもの窓際に行こうと声をかける。寝ていた母だが素直に起き上がり上履きを履いてくれた。病室の他の患者は皆寝ているようだった。そのまま二人でここで話をすると五月蠅いかと思った。病室を出て、ナースステーションの前を横切り北側の窓辺に行く。この日も椅子は空いていた。窓の外は梅雨空の合間に薄日が差すむしむしとした午后。病院内は空調が効いてすっきりとして汗ばむことはない。

“泣いてたの?”とぼく。

“そう、大人なのに駄目ね。泣いてばかりじゃ駄目なのに”と母。泣いた理由は話してくれなかった。理由なんかなかったのかもしれない。

また母をiPhoneで撮影した。嫁さんが一緒なら嫁さんと話をしているところを横から撮影するのだが、一対一なので正面から撮ることになる。

“あたしは写真は嫌いなの”いつも通り母の言葉。

“まぁ、そういわず、スマイル、スマイル”とぼく。

何とか母の笑顔を撮りたいがなかなか上手くいかず。苦笑いがやっと撮れた。

午前中風呂に入ったお蔭か髪の毛が綺麗にとかされていた。ここ最近見舞いに行くと母の髪の毛にブラシするのが恒例になっていたが、この日は必要なかった。それとこの日は終始ご機嫌が良いようで表情が柔らかであった。少し救われた気がした。