Killing Time 2nd

備忘録、日々の徒然想いを残します。

PC逡巡

ストレスのはけ口にヤフオクをはじめ散財を続けている。まだ自覚があるうちは大丈夫だろうと思うのは中毒者に片脚を突っ込んでいるのかもしれない。

  1. Mac Pro early 2009
  2. iMac 27' Mid 2011
  3. Let'sNote CF-NX4(CF-NX4EDHCS)

今年上期だけで上記3台を入手した。

入手しただけではなく、それぞれ現行でも十分使えることを目標に改造しスペックアップを図っている。

1.はそもそものはじまりはメモリーの購入間違えだった。DDR3の8GBメモリーを誤ってレジスタ付きECCメモリを32GB分購入してしまい購入以来一年ほど放置。何とか使う術はないかと調査していたところ、ワークステーション、サーバでは信頼性からECCメモリが使われることがわかり、それにMacProではレジスタ付き、無しでも対応していることが分かり白羽の矢が立った。法人リースバック品と思わしきMacProは2009年モデルで22kほどで入手出来、非常にコンディション良く、内部の埃も少ないもので、無事メモリーも問題なく32GBを認識。次にCPUの交換。元々搭載されていたのは2.66GHz 4 Core Xeon W3520、ここでファームウエアを「Mac Pro 2009-2010 Firmware Tool」で更新し2010/2012モデルと同等(機種id:MacPro5,1)にしたうえで、3.46GHz 6 Core Xeon W3690 Westmereに換装し6コア12スレッドと変更した。次にGPUPCI Express 2.0 x16にNVIDIA Geforce GT 120 512MBが搭載しているが、近年のMacは表示だけならWindows用のビデオカードは利用できる。只そのままだと起動時に起動ドライブの選択場面が表示されない。このためMacOS用のUEFIを書き込めるビデオカードを選定し、4K表示も出来るというNVIDIA Geforce GTX680 2GBをヤフオクで入手した。これはWindows用のモデルだったので8kと安価ではあったが自分でUEFI化する必要があった。ネットで調べるとROM改造はDOS版ばかりだったのでWindows版で何とかしようと四苦八苦。わかれば簡単、Windows版とはいってもGUIではなくコンソールから管理者権限で実行すれば良かった。この後、PCI ExpressUSB3.1増設カード、SATA変換カードにSSDを増設して一応完成。

2.はそもそも不具合有りの品で、それを修理してこの機体がアップルのCTOでSSD内蔵モデルだったことから色々妄想をしてしまい現在に至る。iMacは3.1GHzクアッドコアIntel Core i5-2400をCore i7-2600、3.4GHzに換装し、本来HDDが搭載される位置が空いているモデルだったことから、そこにSSDを追加した。iMacは2009モデル辺りから内蔵HDDに独自に温度センサーを取り付けている。普通に考えればS.M.A.R.T.のレジスタから温度を読み取れば良いものを独自の温度センサーを内蔵した専用のHDDを用意しているのだ。この為市販のHDDを取り付けようとすると内蔵ファンが爆速で五月蠅くなるという不都合がある。これを回避するためソフトウエアでファンコントロールをする方法と別途温度センサを電源ケーブルに付け足す方法がある。この独自の温度センサ付きの電源ケーブルは7kもして閉口するのだがスマートなのは後者なので仕方なく購入した。この際マザーボードをみると、本来HDDが接続されるはずの電源ケーブルは空きになっているのだが、そのコネクタの温度センサの端子はジャンパー線でGNDにされていたのだ。アップル自ら温度センサが無い場合ジャンパー線で制御していることに驚いた。余程iMacの筐体は温度制御が難しかったのだろう。増設するSSDは予算の都合上新規に購入するのが難しかったので、MacProでWindows10用に増設したSSDを取り外し移設することにした。これでアップル純正の256GBのSSDに加え、SKHynixの500GBの2台構成になった。iMacは2012以降ガラスパネルの取り外しが粘着テープでの取付になり手軽に内部にアクセスすることが難しくなった。スーパードライヴ内蔵も無くなり、内蔵iMacでは最強スペックになった、と自己満足している。

3.は法人リースバック品。その中でもかなり程度の良い個体。細かな傷はあるがパームレストのテカリ、キーボード刻印のカスレは無く良い個体に当たった。ちなみに23k。

月曜日

朝から予兆はあったが遂にどっと雨が降り出す。
あさイチの眠気覚ましに海岸まで歩く。顔を洗い、ダイニングテーブルに座っても眠気は一向に冷めないのだった。
家を出るときは肌寒さも感じたが海に行くと気温が高くびっくり。アイスコーヒーと朝食代わりのドーナッツを食べて帰宅。
洗濯物を外に干していたら、この雨で慌てて取り込む。予報よりも早く本降りとなる。

母の見舞い

土曜日。
嫁さんは仕事の疲れが残っているように見えたので、自分一人で母の病院に行く。曇り空が厚く垂れ籠めた空の元、自転車で駅前の病院。そこから関連の病院まで送迎バスが出ているので、それに乗っていく。
土曜日の病棟は患者さんが多く病室から待合スペースに出てきていて落ち着きがなさそうな雰囲気。母はベットで膝を立てて寝ていた。
空きっぱなしの病室のドアをノックし、右手を挙げながら入る。母は眠ってはいない。軽くハイタッチのように掌を合わせて声をかける。この時点で母の状態が大体わかる。
この日は母の誕生日だった。本人は当然覚えていない。ホワイトボードに書かれた日付を指さし、聞いてみたが思い当たるような気配はなかった。耳元で
母さんの誕生日だよ。おめでとう。
そう言うと、
そうねそうね。
と当然覚えていたように頷く。
手を引いていつもの桜の樹の前のテーブルに移動する。この日は家を出る際に慌てていて母へのおやつを忘れていた。中々話を繋ぐのが難しく、同じ話を繰り返すこと数回、母を抱きしめて誕生日おめでとうと言って帰ることにした。

帰り際、病室のサイドデスクから色鉛筆、ノートが無くなっているのに気が付いた。看護師さんにその事を伝えてもしどこかで目にしたら教えてほしいと伝えておいた。


日曜日。
特に今日は母は情緒不安定で会って直ぐに泣き出されてしまった。自分が母を迎えに来て其処から出られるものだと思っていたそうだ。子供のように泣きじゃくり僕の手を払い除ける母。今日はおやつにとブドウのゼリーを持ち込んでいたので、それで病室から誘い出す。
いつもの桜の樹の前のテーブルでゼリーを食べて貰う。あれ程に泣きじゃくっていたのにゼリーを口にして落ち着いてきた模様。食べ終わる頃には笑顔も出てきた。食事って大切。気持ちを旨く切り替えられたようだ。昨日お願いをした看護師さんが帰り際声をかけてくれた。お礼と少々不安定な母の事を頼む。

ジョギング再始動

6時半目が覚める。起床は7時なので少し早い。お嬢が6時半前に家を出るのでその物音で目が覚めた。

天候はどんよりと曇り、小雨がぱらつく。

朝の散歩は諦める。

午前中天気の様子を見ていたが、洗濯物を外に干すほど晴れそうにない。昼ひと時日差しも射したが弱弱しいもので部屋干しとなった。

15時過ぎジョギングをすることにした。ここ2か月ジョギングで折り返し地点まで走れないで、途中からウォーキングになってしまうことがずっと続いていたのだった。26日もいいところまで走ったが折り返し地点手前で減速、歩いてしまった。まぁ、暑いのだし仕方ないということにして衰えとは考えないようにしていた。

この日は江の島まで。5㎞辺りで苦しくなったが歩くことなく最後まで走り切れた。蒸してはいたが気温は低くなってきたので走れたのかもしれない。

初日

起床してそのまま行動をする練習の初日。

強烈な陽射しの中予定通り作業終了。いつも通り7時起床して朝食を摂る。朝刊を取りに出て、一面だけざっと目を通す。嫁さんを送り出す。布団を干して天気予報を確認。暫くは天気は良さそうなのでそのままにして、9時頃家を出て市役所へ向かう。はじめは歩いて行こうかとも思ったがすでに陽射しが強く自転車に乗っていった。

9時過ぎの窓口は待ち人なし。直ぐに窓口に呼ばれる。事前に、26日にも窓口に来て必要書類を聞いておいたのでスムーズに手続きが進む。サクサクと用意した提出書類、診断書、保険証と申請書等々を書いて提出する。

初日から残暑というには余りに暑い陽射し。然し今日は怠さを感じることなく出来たのは良かった。それにしてもこの寒暖差は厳しいな。

見舞い 6/25

昨晩から降る雨は早々に上がり、雲の切れ目から陽射しも射し出した。

先週の見舞いで母が食事を拒否することが度々続いていることを思い出し、昼食前に見舞いに行くことした。午前中には行きたく支度をすると嫁さんも行くという。自分が見舞いに行くのが心配なのかもしれない。

午前中10時中に家を出たが道は混んでいてなかなか進まない。病院の昼食は12時半からなので時間の余裕はあったが落ち使い無い。見舞いの帰りには義父宅によって調子の悪いPCの面倒を見ることにもなっていたのでそのことも気になっていた。

12時前に病院着、受付で面会票を書いてエレベータに乗るときに12時を回っていた。