Killing Time 2nd

備忘録、日々の徒然想いを残します。

参る…

世の中、社会には色々な人がいるものだ。
人と人が出会えば仲間にならずとも、お互いを尊重しあうものだと思う。それが上手く出来ず争いになった場合でもお互いの考え方、意図などを理解し合えば自ずと相手を尊重した合意点や妥協点が探せると考えてきた。お互いを理解し合えればそれこそ誤解を乗り越えて仲間になることさえ出来るということは、決してドラマや映画、マンガの中ばかりの話ではない、はず。

しかし、悲しいかな。社会にはお互いを理解した上で相手を尊重できないということもある。これはかなり厳しく、悲しいことだが、そういった悲しい出会いが歴史上何度と無く繰り返されてきたのは周知のとおり。

一方、最近とくに気になり出したことがある。

それはもしかしたらぼくだけが感じていることなのかもしれないが、圧倒的に「理解」が出来ない(と思われる)人が、それもある程度の割合でいるということなのだ。

恐らく、という言い方しか出来ないので歯痒いが、特段意図(悪意や私欲)を持たず本当に理解できないのである。これは根が深い。

全く自分に非がある(理解できないことを非とするか否かはあるが)という状況が分らないものだから反発は激しいし、言い含めたとしても反省はない。同じ原因でまたすぐ同様の争いが発生するのだ。

こういう状態の人とは、正直言って、付き合うのが無駄、と思ってしまう。少なくとも仕事上では相手にしたくないなぁ。